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2010年6月16日水曜日

iPhoneアプリ「キングパルサー」を遊んでみる

SLOT JAPAN! キングパルサー
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爆裂台前夜のストック機の名作、キンパルのiPhoneアプリ。ただいま半額セール中で230円です。
おなじみ、通常のスロットゲームに加え、ジャックポットモードというおまけつき。
「素うどん」ならぬ「素キンパル」であるノーマルモードはRT消化時にストック開放、
という慣れ親しんだあのスペックで、言うまでもなくカエル演出が5連続すればボーナス確定。

通なアナタなら、やっぱり右リールにゲチェナを狙うはず…一応ハズシについて触れると、
中リールに赤7を狙い、右リールオヤジ打ちでリプレイが中段にテンパイしたら、
左リールの中段もしくは下段に赤7を目押し。リプレイ上段テンパイなら白7を枠内に狙う。

そして本ゲームオリジナルであるジャックポットモードの方はというと、
こちらは通常のキンパル+カジノのスロットマシンのような仕様になっていて、
ボーナス当選時 or ベル10回獲得でジャックポットチャンスに突入し、
当選するとその時点でコインがドカドカ増えるというもの。ちなみにベルからは滅多に当たりません。
ノーマルモードに飽きた時なんかに遊んでます。

感想としては、名作だけあって今遊んでも充分面白いし、ジャックポットも楽しい。
操作性についてもリールをタップすることで停止ボタン代わりに目押しできるところが良いです。
とにかく演出・効果音・BGM、どれもまさしくキンパルそのもので懐かしく、楽しい。

ただ、少し回転中のリールが見づらいかな…。
先日買った「大花火」にあったようなリールブラー機能が付いていると嬉しいのですが。
あとは横画面にした時に絵柄が若干ぼんやり気味なので、出来ればくっきりさせて欲しいですね。

というわけで、アップデートで対応して貰えたらありがたい部分は多少ありますが、
今は亡き御徒町のダイヤモンドでの思い出を呼び覚ましてくれた本作にはただただ感謝!です。

2010年6月14日月曜日

「クレイジー・ハート」を観た

公式サイト

呑んだくれの元売れっ子カントリー歌手に扮するジェフ・ブリッジスの名演が光る、
彼のアカデミー主演男優賞受賞作「クレイジー・ハート」を観てきました。

それにしても、主人公・バッド役のジェフ・ブリッジスの太い歌声は心に沁みた。
まさに、彼の歌あっての映画という感じ。

愛車のベスに揺られながら、時にはボウリング場でのライブまでこなすバッドのドサ回りの生活には、
どこかミッキー・ロークの「レスラー」を思い出させるところもありつつ、
しかし周囲の誰もが彼の未だ枯れない才能の輝きを信じて疑わないところが良いです。

とはいえバッドのアル中ぶりは酷く、ストーリー中盤まではステージ中だろうが何だろうが、
とにかく途中で裏に引っ込んでは飲んだり吐いたり、という具合。
寝床では胸の上にグラスを乗せ、煙草の方も吸いさしを火種にチェーンスモーキングと、
まさに現代ではおよそ支持されることのない見本のようなバッドなのですが、
どこかでその太く短い豪快な生き方(といってももう充分オッサンなのだが)がアメリカ的というか、
彼が広い空の下、バンを走らせていく姿と相まって不思議な力強さを感じさせもする。

そんな性癖が原因となり、愛するジニーの家へ向かう最中に車が横転事故を起こしてしまい、
松葉杖の生活になったりもするのだが、それでも酒を止められない姿は何とも痛々しい。
それを咎めつつも彼の心に寄り添おうとするジニーではあったが、そこである事件が起こり…。

俳優陣はジェフ・ブリッジスの圧巻の存在感だけに限らず、実に素晴らしいです。
バッドのかつての弟子であり、押しも押されぬスターになったトミー役のコリン・ファレル。
ジャーナリストとして彼の前に現れるも恋仲になるジニー役のマギー・ギレンホール。
そして、バッドの依存症克服を手助けする彼の最大の理解者、ウェイン役のロバート・デュヴァル。
家庭とは無縁に生きてきたオーティス・ブレイクという男を取り巻く人々の温かさ、
実の息子との深い溝こそ埋められないままに話は進むが、彼自身は決して孤独ではない。
その辺りの機微を丁寧に描いている雰囲気がとても印象的でした。

この映画を観ていて、自分はギタリストの故・大村憲司氏が生前雑誌のインタビューで語っていた、
「ギターソロはひとつの物語なんだ」という言葉を思い出しました。
ジニーの「曲はどういう風に作るの」という問いかけに、「俺の人生を基に」と答えるバッド。
ひとつの楽曲が、ひとつの映画の中で形作られていくフッテージは静かに、
でも確かに心を揺さぶるものでした。
決して派手さはないけれど、自分自身が歳を重ねた時、また触れてみたい作品だと思います。



Jeff Bridges: The Weary Kind歌詞

【参考】クレイジー・ハート - Wikipedia

2010年6月7日月曜日

「告白」を観た

公式サイト

先日公開されたばかりの「告白」を観てきました。
松たか子主演、中島哲也監督による同名小説の映像化で、上映時間は1時間46分。
少年犯罪も重要な要素になっていて、それがまた血生臭かったり、
精神的に追い詰めたりといった感じなので、R15+指定は妥当でしょう。

内容的には相当シリアスで、また情緒的な面にかなり揺さぶりをかけてくる映画でした。
なるべく冷静に、本作の持つ高密度な心理劇という面を意識して鑑賞しましたが、
それでもやはり観ていて疲れるストーリーです。しかし、見応えは充分すぎるほど。

原作は未読なので、映画のみを観ての感想ということになりますが、とにかくテーマが重く、暗い。
森口先生、修哉、美月、直樹、ウェルテル、直樹の母、クラスの生徒たち…、
彼らの心の芯に存在するものや、その揺れを観るひとの頭の中で整理し、
把握することは非常に困難で、なぜ困難なのかといえば、
それら心理の混在の有り様が真に人間的であるからに他ならないからだ…。
…堅苦しく言えばそうなのだろうか?なかなか的確な言葉が見つかりません。

惨い事件が起こる度にマスメディアで踊る心の闇、という言葉は、
まあ何と言うか、ずるいよなあとよく感じたりしますが、
主要な登場人物それぞれに告白(全てが心情の赤裸々な吐露では必ずしもないが)をさせることで、
闇を闇で終わらせずにそれと向き合わせていくところにある意味カタルシスを感じます。

それにしても、松たか子の演技といったら…セラピストか催眠術師か、
とでもいうような落ち着きと無機質さを持った冒頭の告白。
娘を殺された復讐しか頭にない、あの狂気じみた静寂さに充ち満ちた丁寧な口調。
本当に怖い。

それとは対照的な、森口先生が壮絶なまでに感情を吐き出す、レストランを出た後の場面。
あそこでの逃れえない絶望とも途方も無い孤独とも表現しきれない慟哭は……会心の名演だと思う。
失礼ながら正直、あれだけの演技の出来る女優だとは思ってなかった。

映像の部分で目を惹いたのは幻想的な演出の美しさと、その場の状況を反映した空間の描写。
今まで目にしたことのないような斬新さ、というのがあるわけではないのだけど、
森口先生が騒がしい教室で淡々と告白をするシーンでのジワジワ這い寄る圧迫感とか、
愛美の殺害現場となった、緑に濁り、澱みきった学校のプールと隣り合って建つ、
ワンコがウロチョロする長閑さに満ちた住宅にある深い断絶を俯瞰で見せる場面は印象的だった。
圧巻はやはり終盤の体育館での森口と修哉の会話における、耽美的カタストロフとでもいうべき演出。
今年観た映画では「シャッターアイランド」にも似た、深淵の映像美を思い起こさせたような。

まあ、どうしても観る側としては映像作品として触れる時、凄惨な場面でも画的な部分で、
どこか芸術的だったり、ダイナミックな要素を残しておいて欲しい、とも思ったりするけれど、
犯人Aである修哉が関わるシーンは敢えて言えば甘美というか、ファンタジックだったり、
思春期の淡い匂いのようなものがあったりしたのも目に焼き付いた。
その辺り、レディオヘッドの陰影やBorisのポストロック的ノイズと絡みあって、
それが事実なのか、妄想なのか、わざとぼかされている部分によりインパクトを与えたかも。

キャストで他に印象深かったのは、美月役の橋本愛や、直樹役の藤原薫。
美月には思春期の頃、みんながゲラゲラ笑っている中、ひとり何か別のものを探すように、
どこかを見つめていた女の子の持っていた神秘的な魅力があって良かったです。

直樹は…相当ヘビーな役回りなのに、彼の告白には奇妙な清々しさのある辺りが興味深かった。
どこか憎めない、ぼんやりしたお人好しな奴がプライドを守るためにとった行動の罪深さ。
ああいうキャラはクラスや組織に一人は必ずいるから生々しい。

少し違う見方をすれば、復讐を遂げるために執拗に謀略を張り巡らせる森口先生もまた、
もし仮に娘が殺されることがなかったとして、では果たして精神的に健全な人物なのだろうか?
という部分でなんだか疑わしくもある、という点で、やはり比較的ニュートラルに近いのは、
ウェルテルであったり、いわゆる中二病的な内面をみせる美月なのかもしれません。

ラストについて考えると、パンフにある松たか子のインタビューを読んで少なからず納得したのは、
修哉と目を合わせることで犯人である少年の持つ心と正面から対峙した森口先生、
というような話で、彼女が最後の最後に口にする言葉は彼への最高度の揶揄でありつつも、
多少そのキャラクターに変化が現れている、という点に特に注意を払っていたのかなと思いました。

ただ、本作で疑問に思う点がなくはありません。しかしそこは原作と照らし合わせての話になるので、
読んでない以上は評価してはいけない部分でもありますが、それでも言わせてもらうと、
クラスの中におけるその他の生徒や、修哉の母については、多少カリカチュアが過ぎる気もしたし、
また、過剰なまでに殺人が発生していくせいで個々の事件の印象が散漫になってしまってました。
そこを補って余りある演出とキャストの演技で何とか映画に落とし込んだ監督の労苦がしのばれます。

余談ですがこの映画、予告編を観たときは正直な所、そそられませんでした。
これだけ魅力を持った作品なのに…そこはもう少しうまく宣伝して欲しい気がしました。

【参考】告白(湊かなえ) - Wikipedia

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