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2010年12月6日月曜日

「武士の家計簿」を観た

公式サイト

日本映画ではこのところ時代劇がだいぶ目につくようになってきましたが、
そんな中でも異色といえるこの映画を先日観てきました。
ナイトショーでしたが、客層としては年配の人が多かったです。

ひとことでいうと、本作はまさに「猪山家の人々」といった内容の作品で、
実在する加賀・猪山家の「入拂帳」について書かれた新書をもとに、家族の数十年を追っています。

基本的にストーリーの舞台となっているのは猪山家の周辺と城内の御算用場で、
それ以外の場面はそれほど描かれてませんが、江戸時代の屋敷の持つ開放感のせいか、
狭苦しさはまるで感じさせませんでした。

それにしても、森田監督の出世作「家族ゲーム」を思い出した人も多いはずで、
とにかく直之が算盤をはじくシーンと同じくらいに、家族が食卓を囲む場面が強く印象に残る。
「鯛じゃ鯛じゃ!」に代表されるストーリーの要所にも絡んでいるし、
時の流れ、家族構成の移り変わりを見せるのにも一役買ってたりする。
そこで交わされる家族の間のおおらかで、どこかとぼけたやりとりも面白いです。
人々のピンとした背筋に端正な美しさはあっても、堅苦しい空気はありません。

何しろ幕末とはいえ封建時代を窮屈に描くことなく、自然にみせているところが魅力的です。
また、「さっきもこんなシーンあったな…あれ、っふふ」というような場面描写が流石という感じ。
他にも、登場人物の内面が特に強調される場面(駒が関わることが多い)などでは、
フェードアウトを長めにとっていて、観る人に一呼吸考えさせる間を持たせてたように思いました。
特筆すべきは…女性たちの衣装が本当に洒落ている。派手過ぎないけど彩り豊か、というか。
母上が着物に執着するのも納得、まさにこれが加賀か…といった雰囲気。

俳優陣は…そういえば、まるでNHKのドラマみたいなキャスティング。
まあNHKは関わってないが、劇場で特に年配の人が多かったのも頷ける。
それはさておき、基本的には脇役陣がおいしいところを持っていってる感じでした。

一番は中村雅俊演じる父・信之。お人好しを絵に描いたようなキャラクターが愛嬌たっぷりで、
「遊び」の少ない性格の直之との対照が面白い。今は東大で知られる赤門の話が自慢。
その妻の常を演じる松坂慶子は、もうまったく想像通り。驚きこそないけれど、抜群の安定感。
草笛光子演じる算術好きのおばばさまも、飄々としつつほっとさせてくれる雰囲気が良い。
駒の父・与三八役の西村雅彦は新鮮でした。意外にもクセの少ない、朗らかな役柄。
ああいう役の西村氏も面白いなあ。もっと見てみたい気がします。
また、少年時代の直吉役(青年の成之より出番多し)の大八木凱斗君は、
あどけなさの中に複雑な心境をみせる表情が印象的で、胸にせまるものがありました。
それに加えて、出番はほんの少しですが、嶋田久作演じる大村益次郎もなかなかのインパクト。
口調が武士とは思えないような現代風で、新しい時代をみる目のある人物らしい風格でした。

堺雅人演じる主役の猪山直之、そして仲間由紀恵演じる妻の駒。
二人は強烈な個性を押し出すことはないものの、話が進むほど、
その人となりに寄り添った描写に味わいが出てくる。
堺雅人の演技では個人的に、西村雅彦との剣道の立ち合いのシーンで、
ふと彼が演じた「新選組!」での山南敬助の姿が頭を過ぎり、
その剣術の強さの違いにクスリとさせられた。
婚礼の日の強張った表情も、普段のにこやかなイメージがあるだけに面白かったりしました。

あと触れておきたいのは、仲間由紀恵の演技、ちょっと今までにないものになってたと思います。
彼女にはテレビドラマっぽい演技というか、感情表現が大袈裟な印象がずっとあったが、
ここでは違っていた。「削ぎ落とされた」と本人が語るキネ旬のインタビューを読んだ限り、
その辺りは森田監督の指示が大きいみたいですが、演技のギアチェンジがスムーズというか。
ギアの段そのものが増えたというか。祭りの日にかんざしを買ってやろうという直之に、
これを、と安いのをさりげなく選ぶくだりとか。うまかったと思う。

※ ※ ※

幕末〜明治にかけての日本人のすがたを探った名著「逝きし世の面影」を手繰ると、
武士に限らず当時の人々が自然と「潔さ」「前向きさ」を備えていたようにも思いますが、
それでもストーリー中盤での家財道具を一気に売り払うさまは、見事としかいいようがなかった。
直之の実直さとその潔さに、剣の腕の優劣からでは計れない「そろばん侍」の矜持をみた気がします。
ただ、父から子へとその役目の持つ重みや心構えがどのようなかたちで受け継がれたのか、
とあるエピソードを通して直之はそれを息子に伝えようとするのだが、
あれは少し厳し過ぎはしないかと感じるのは、自分が現代人だからでしょうか。

物語が進んでいくと、息子の目から見た父とのやりとりが増え、二人の間にそうした衝突も起こる。
改めて冒頭に登場する明治十年へと時代は移るが、成之がはじくのは同じ算盤でも、
その仕事場は完全に洋風…たかだか十数年でこうも時代が変わったのか…と感じずにはいられない場面。
帰郷、父子の和解、家族それぞれにとっての思い出の日のリフレインにしんみりさせられた。

観終えた後で自分が感じたのは…日本にいながら日本に回帰したい感情、とでもいう何か…。
なかなか言葉にするのが難しい気持ちでした。良い映画だと思います。

余談ですが、この映画、パンフレットが算盤のデザインになってます。
ユニークだとは思うけど…幅が極端に横長で、写真が小さくしか載ってなくてちょっと残念でした。


【参考】武士の家計簿 - Wikipedia
【参考】堺雅人が憧れる“格好いい男”とは? - YOMIURI ONLINE

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