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2010年9月24日金曜日

「悪人」を観た

公式サイト

この「悪人」というタイトルからイメージされるような言葉ほどには、
単純に割り切れない人間のさまざまな表情が、姿を現しては消えていく作品。
時に剥き出しになる人の「ありよう」にむかっ腹も立ち、いじらしさも感じ、
また、そこから生じるやるせなさに呆然とさせられた。

観終えた後、何か感想を言おうにも容易に言葉が見つからない複雑な感覚と、
凄い映画にふれた高揚感・充実感に揺さぶられ、余韻がしばらく収まらなかった。
ようやく今になって冷静に感想を書けるような気がしてきたという具合…

モントリオールで賞をとった深津絵里の「平凡な女性を非凡に演じた」演技に限らず、
キャストの誰もがみんな素晴らしい芝居をしていると思います。
ひとりひとりの人物像が丁寧に描かれている作品なので、
登場人物と共に印象に残ったシーンを書いてみようと思います。

まず何より、主人公・祐一を演じる妻夫木聡の場面場面で振幅する表情のリアリティは衝撃だった。
映画序盤でいきなりそれを思い知らされる。

祐一が会う約束をしていた満島ひかり演じる佳乃が、目の前で別の男の車に嬉々として乗り込む。
祐一のバックミラーに映された、全編を通して目にする、あの孤独に沈み込んだような表情から、
次の瞬間、彼の顔は憎悪そのものというべき人相に豹変し、野獣の咆哮のごとくGTRのアクセルを吹かし、
岡田将生演じるその金持ちボンボン・増尾のアウディを追う…。
あのシーンには頭をガーンと殴られたような、エグいものを見せられたような気分にさせられた。

警官隊が迫る灯台の中で、突如光代の首を締める祐一の目にも狂気が宿っているように見えるが、
実際は彼の内面には全く違う感情がある。
警察に拘束されながらも、光代の手を握ろうと必死に伸ばす祐一の手には、理屈で導き出せない、
何ものとも一言で言い表せない「ひと」というものの生のすがたのようなものを目にした思いがする。

「考えてみれば、私って、この国道からぜんぜん離れんかったとねぇ、
この国道を行ったり来たりしとっただけやっとよねぇ」

佐賀駅で出会った男は、髪はプリンになった金髪で、
服装は部屋着のまま出てきたかのようなジャージという、およそ清潔感とは程遠い姿の祐一だった。
日常としてそこにある国道沿いの、紳士服屋を別人にでもなったかのように眺める深津絵里演じる光代。
上記の引用は、事を済ませた後の車中で彼女が呟くセリフの一部ですが、
異質な空間からそれまでの平凡な生活を目にする光代の、どこか晴れ晴れとしたようにも見える顔が印象的。
すがりたい、すがって欲しい、それが寂しさから来る気持ちなのか、そうではないのかは、
この二人にも、そのスクリーンを目で追っている自分にもわからない。

殺された佳乃の父を演じた柄本明の、悲しみと怒りの共存した目も忘れられない。
警察から捜査に関する説明を受ける中で、おそらく娘のプライベートの色々について、
知りたくないことも聞かされたであろうその後、殺害現場に赴く。
冒頭で交わした親子の会話とは全く違う対話の場面。
「お前は何も悪うなか…」
そう語りかけながら、娘の幽霊か父の見た幻か、
まるで子供の頃に戻ったような表情になった佳乃の頭を撫でるのだが、
空には降りしきる雨と同時に、太陽の光も射している。

スパナを手に、増尾のもとを訪れる父。
佳乃を殺した犯人は別にいることは既にはっきりしていながら、
それでも恨みの念は祐一より強く増尾に向かう。
増尾の友人に向けたセリフは、流れとして少しくどくも感じたが、考えさせるものがあった。
その後、観客を苛立たせる岡田将生の名演も父の振り絞る言葉に止めを刺される。

脇役の内でも、ひときわ強く存在感を放っていた祐一の祖母を演じる樹木希林。
台所で食事の支度をする後ろ姿ひとつにしても、長台詞はそれほどないのに、
ちょっとした仕草や表情だけで、 あのおばあさんがどういう人生を歩んできたのか、人柄から何から。
また、祐一に対して、一体どんな思いで育ててきたのか?
…そうしたものを完璧に、どこか懐かしさすら感じさせる演技をしていた。
まさに、日本のおばあちゃんそのものだったと思う。

…祐一と光代の二人の関係が、結局どこへ向かっていくのか、はっきりとした提示はされない。
最後の最後で光代の口にする、「悪人」という言葉。ここで改めてそのタイトルを考えさせられる。
陽の光を浴び、無垢に微笑む祐一の顔で映画は終わるのだが、
それは闇の中の一隅を、ほんの一瞬だけ照らす灯台の光と重なるようでもあった。


【参考】悪人 (小説) - Wikipedia
【参考】「みんなで勝ちとった賞」深津絵里、日本の観客にモントリオール映画祭受賞報告@ぴあ映画生活

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